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"「仏道をならふというは、自己をならふ也。
自己をならふといふは、自己をわするるなり。」
 /道元:著書『正法眼蔵』

「自己をならふ」といった場合、自分を知ろうとする「自分」がいる。
やがて思考は深みにはまる。
これでは自分を意識するばかりで、自意識過剰に終わる。


人は抽象イメージ(=自己イメージ)に執着しがちだ。

人は往々にして、自分を見失うものである。

「いま、ここにいる」という実感をもって過ごす。なんと身軽か。" 

抜粋:齋藤 孝『人間関係力』

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